こう言うジャンルの建物がある。昔、方法論(自分のスキル)として身につけておこうと思った。
この建築家のプランニング手法は言うまでもなく彫刻からスタートしている。施工方法も建築手法と言うより彫刻の手法である。
だがその手法では日本では建てられない。安全であるとの構造強度を表す方法が無いからだ。
今、構造計算の分野では形を単純化し、三角や四角と言った、数学的なモデルに置き換えて計算する。それは建築構造と言う概念が出来てから今まで変わりがない。計算するのがコンピューターになったと言うだけ、入力は人力。
つまり、形を三角と四角に置き換える(モデル化)作業は古来から変わっていない。
その現状から見て、上記の形態を計算するとなると、そのモデル化の作業は膨大な量になる。それらは大きさには関係が無く、単純な幾何形体ほどモデル化がしやすい。四角いビルより木造の神社仏閣の方が難易度が高いのと同じ。
だから設計者は、安全性を提供しなければならない義務があるので、最初から計算しやすい形で計画する事になる。つまりは設計効率を優先することとなってしまった。
シンプルイズベスト。
これは、デザインする側からの手前勝手な言い草であって、その根拠は希薄だ。
この言葉は都合よく用いているだけ。
例えば、ボールのような球体とさいころのような立方体を比べればよくわかる。
どちらがシンプルなのか。構造として安定しているのはどちらか。効率の良いのはどちらか。
じゃ、なぜ球を作らない?なぜ作れない?
この段階だけで嘘は簡単にばれる。ベストとは作り手側の効率の事を言っている。
美しい物は幾何学形態と限った物ではない。
むしろ写真の様に多くの陰影グラデーションでの形態の方が心が騒ぐ。
それも幾何学形態よりも流動的に騒ぐのは「何か」が根本的に違うのだろう。
それは生物として「共有する物」なのかもしれない。
だが、この写真の建築が切り捨てている要素は沢山ある。
造形はいいが建築性能としてみれば疑問は多い。
快適性の問題。いわゆる断熱など建築室内環境性能。
施工性やコストの問題。
それらをこう言った有機的形態の建築に持たせられるのかもあった。
そしてその素材や性能をどう解決するのかなど・・
このような有機的形態の造形を、彫刻手法から建築手法へ換える事が出来るか、などなどそれらを、組み上げていたのだが、何とか道筋が出来たようだ。
だから言うのだが、自然な有機形態にもルールがある。
有機形態をそれになぞらえるとこの写真の様にはならない。
もう少しきれいに整理(数値化)されたグラデーションが出てくる。
有機形態は生物の活動効率の結果でもある。それには無駄はないのだ。
それが用いられなかったのは、建築がその活動形式を取り入れられるほど進んでいなかったと言い換えてもいい。
The Diatomist from Matthew Killip on Vimeo.
創れるかなぁ・・・。
これからクライアント捜しをしなければならないのだから、正直そう思う。
この建築家のプランニング手法は言うまでもなく彫刻からスタートしている。施工方法も建築手法と言うより彫刻の手法である。
だがその手法では日本では建てられない。安全であるとの構造強度を表す方法が無いからだ。
今、構造計算の分野では形を単純化し、三角や四角と言った、数学的なモデルに置き換えて計算する。それは建築構造と言う概念が出来てから今まで変わりがない。計算するのがコンピューターになったと言うだけ、入力は人力。
つまり、形を三角と四角に置き換える(モデル化)作業は古来から変わっていない。
その現状から見て、上記の形態を計算するとなると、そのモデル化の作業は膨大な量になる。それらは大きさには関係が無く、単純な幾何形体ほどモデル化がしやすい。四角いビルより木造の神社仏閣の方が難易度が高いのと同じ。
だから設計者は、安全性を提供しなければならない義務があるので、最初から計算しやすい形で計画する事になる。つまりは設計効率を優先することとなってしまった。
シンプルイズベスト。
これは、デザインする側からの手前勝手な言い草であって、その根拠は希薄だ。
この言葉は都合よく用いているだけ。
例えば、ボールのような球体とさいころのような立方体を比べればよくわかる。
どちらがシンプルなのか。構造として安定しているのはどちらか。効率の良いのはどちらか。
じゃ、なぜ球を作らない?なぜ作れない?
この段階だけで嘘は簡単にばれる。ベストとは作り手側の効率の事を言っている。
美しい物は幾何学形態と限った物ではない。
むしろ写真の様に多くの陰影グラデーションでの形態の方が心が騒ぐ。
それも幾何学形態よりも流動的に騒ぐのは「何か」が根本的に違うのだろう。
それは生物として「共有する物」なのかもしれない。
だが、この写真の建築が切り捨てている要素は沢山ある。
造形はいいが建築性能としてみれば疑問は多い。
快適性の問題。いわゆる断熱など建築室内環境性能。
施工性やコストの問題。
それらをこう言った有機的形態の建築に持たせられるのかもあった。
そしてその素材や性能をどう解決するのかなど・・
このような有機的形態の造形を、彫刻手法から建築手法へ換える事が出来るか、などなどそれらを、組み上げていたのだが、何とか道筋が出来たようだ。
だから言うのだが、自然な有機形態にもルールがある。
有機形態をそれになぞらえるとこの写真の様にはならない。
もう少しきれいに整理(数値化)されたグラデーションが出てくる。
有機形態は生物の活動効率の結果でもある。それには無駄はないのだ。
それが用いられなかったのは、建築がその活動形式を取り入れられるほど進んでいなかったと言い換えてもいい。
The Diatomist from Matthew Killip on Vimeo.
このビデオは珪藻類に魅入られたクラウスケンプ氏の物。数理的配列の有機体。同一種ならば同一素材で同一の遺伝子ルールで同じパターン。違う種であれば数々の配列パターンが出来る。
条件。これによって形が異なる。建築は条件を設定してそれをクリアする作業。ならば今までの様に幾何形体の形から入って、条件を付加したり想定する事は順序が逆のはずなのだ。
今までそれは技術的に困難だったが、コンピューター類の発展でそれも可能になったと思う。今思えば、こう言うジャンルに先人はいなかったのと、独学だったので時間がかかり過ぎた。
今までそれは技術的に困難だったが、コンピューター類の発展でそれも可能になったと思う。今思えば、こう言うジャンルに先人はいなかったのと、独学だったので時間がかかり過ぎた。
創れるかなぁ・・・。
これからクライアント捜しをしなければならないのだから、正直そう思う。
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