2012年5月22日火曜日

オホーツク「木」のフェスティバルのMEMO


と言っても、今回は売り子の身。

遊び歩いてはせっかく作ってくれたのに申し訳ない。少しだけでも成果(何が成果なのかもわからないのだが)を出さないとね。

と言うことで、真面目に職務は果たす。

昼に少しだけ見て回った。








紋別の京大との研究。
集成材の建築フレームだ。ラーメンとパネル耐震壁構造。最大スパンは5.6mというから、多分縦フレーム芯では5.4m、柱200mmと言うことなんだろうと、勝手に数字を作る。

んーん。今回僕は建築的目線になっていたのかもしれない。クラフト類の写真を撮り忘れている。

家具を見て回る。背もたれを細いスポークで構成したものがグランプリだとか。なるほど。


これは向かい側のブースでやっていた建築士会の企画。

子供に建物の立面図に色を塗らせて建てる。
いわば建築模型。

伝統的な「起し絵」の発想だ。

それを分譲地的な街に配置させ、まちづくり的感覚とそれに参加させる意義を見出させようとの事だろう。説明がないので勝手にそう解釈することにした。



 「僕の家はみんなの風景」
この言葉ははるか昔の建築士全国大会のタイトル。この企画を見て思い出した。

匿名ではない風景づくりはこの田舎だからこそ作り出せるものだ。

もはや陳腐化されて使われているコミュニティという言葉だが、再考する必要はある。


時代とともに変容してきたコミュニティの質と量と分野は、すでにコミュニティ=地域社会とは言い切れなくなっている。


バーチャルコミュニティや経済的あるいは職業的コミュニティなどの出現で、従来のコミュニティの規範となっていた地域性という縁が薄らいでしまったからだ。


それらの危うさは自治・統治をも危うくすることから、「縁」に関する意識を拡張すべく、あらたな価値を位置づけなければならない。


地域デザイナー達(まちづくりの主役は技術者ではなく市民。子供たちの将来のこと。)は、その社会関係資本の意味をいずれもう一度確認し、まちづくりを行わなければならない。その手始めとしてとてもいい企画だと思う。



外は晴れ。
技術センターの花壇。

前からどこかに居ないかなーと思っていた
サンドブラスト職の人と出会う。収穫!
撤収は、中橋さんのところのスタッフが来て、15分で跡形もなくなった。


どうもありがとうございました。

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